ひかり


観ることのできる、いたるところに
ひかりはある。

形を持たないのに
認知することのできる
とっても自由な
存在

ひかりは、存在の象徴なのだ
だから、ひとはひかりに憧れ
ひかりに癒され
ひかりに包まれて

ほっとする

「ひかりあれ」
と最初に言われたのは
そのためなのだ

しかし、話しをそこで終えてしまってはいけない

それでは、この混沌は収まらないのだ

ひかりあれ

と言われたのはそれを創り出したものたちの

願いであり、そこにはその以前に闇があったという

暗黙の了解がある

これこそが

そもそもの不幸の連鎖のはじまりなのだ

もう一度、言おう

ひかりは観ることのできる

いたるところにある。

観ることのできないところは

我々の知るところではない

したがって、それは我々の前には存在しない

我々の前に闇などは存在しないのだ

我々が闇と思って観ているものは

影なのだ

影は光の一部

光のグラデーションの最果て


もし、我々が

真の闇を見つけたと思ってみても

我々によって観察された瞬間にそれは、闇では無くなる。




「ひかりある」

何も不安になることはない

あなたはすでに、そこに存在するのだ。

**************************************


ひかりあるところに色があり

色あるところに生命がある。

全てはすでに存在し、それが変化し続けているだけ、

ただそれだけのこと

それを仏教では「空」と言うのでしょう

コメント

人気の投稿