シュタイナーの黒の世界から~


シュタイナーは黒の世界において

心魂は立ち去るが

精神はその中を貫くと言っている。

黒の中に精神性の存在を観ている。


漆塗りの黒光りの中に観るような

静寂の世界を私は連想しました。


果たしてこの中に

昨日考察したような暗闇の恐怖はあるのでしょうか

むしろ、安堵に包まれた静寂があるような気がします。


それはきっと

暗黒の暗闇の中に

精神性を見出すことにより

一粒の光を観ているからだと思うのです。

それは暗黒の中に萌芽する、精神の種なのかもしれません。


これはまさに

親鸞上人がみた

無量光の世界観ではないかと

拙速に想像します。


シュタイナーの色彩の世界

東洋思想にも通ずるところがありそうですね



しかし、大事なのはここからです。

暗黒を観察することにより

精神の萌芽が起こり

かすかなかすかな光がおこります

しかし、私たちはこの暗黒がなければ

このかすかな光を認識することは出来ません。

これはとても重要なことです。


私たちの精神はこの暗黒という土壌があるからこそ

芽生えることができるということが

理解できます。


しかし、観察するということがなければ

この現象ははじまりません。

*

最初に全てがあり

全ての条件があり

変化が起こる

そこに暗黒とそれを観るもの(光?)がおこり

精神性の萌芽がはじまる

最初に全てがあるということであれば

このようなお話しもはじめることができます。

*

無から全てがはじまった

最初に光がおこり

・・・・・・・・・・・・・・・

この理論展開は

無からどうやって光がおこったのかという

疑問を抱えたまま

物語をはじめなければなりません。


最初に全てがあり

その全てに変化がおこり

陰と陽が発生し

それらを中和しようと様々な現象がおこり

その中で物質も生命も精神も萌芽するわけです。

暗黒とは

全ての一部であり

全てが変化してゆく中での陰であり

陽との調和によって

安寧が得られる


だから陰という暗黒を観る時

安寧に至る精神の萌芽がおこるわけなのです。



もう、わかりましたね

暗黒は

落ちてゆくところではなく

吸い込まれてゆくところでもなく

調和すべき全体の一部だということ


暗黒に恐怖を見たとき

もう一度よく観てみましょう

そうすると精神という光の萌芽がうまれ

安寧の無量光の世界が現れます

そのことによって

全ては

全ての調和を保っているのですから













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